家を追い出されそうになった知的障がい者への地域での支援の輪
秋田登さん(30歳代)は、両親と3人で暮らしていたが、約10年前に両親が他界。親が残してくれた家で、月に8万円程度のアルバイト収入と親の遺産(貯金)で生活を続けてきた。秋田さんは金銭管理や身の回りの片付けなどが苦手であり、地代(土地は借地であったため)の支払いが滞り、地主より督促を受け困って勤め先の社長に相談したところ、近所の民生委員に相談することを勧められ、相談したことがきっかけで「生活困窮者レスキュー事業」にも相談がつながった。
秋田さんは近所の民生委員宅を訪ねて、「お金がないんです」と相談。民生委員が事情を聞くと、どうも地代を払えていないことがわかった。本人曰く「お金があるのに郵便局から振込ができない」とのことであったが、後で確認したところ、郵便局の通帳記帳がしばらくされておらず、すでに残高はなかったそうである。
相談を受けた民生委員もひとり暮らしをしていた秋田さんのことは以前から気にかけていた。あるとき、屋根の改修工事をした後にさほど間をあけず、別の業者が来て屋根の工事をはじめようとしていたことを近隣住民が不審に思い、「つい先日に屋根の修理をしたばかりのはずだけど」と声をかけたことで、危うく同じような工事を2度しないで済んだ、といったことがあった。また、約1年前に、秋田さんの家の水道が故障して困っている様子であったので、民生委員はじめ近隣住民が秋田さん宅に様子を見に行った際、室内がスーパーやコンビニのビニル袋や食品などのトレイ容器、雑誌などが多数散乱した状態だった。そこで、近所の人で可能な範囲で掃除とゴミ出しを手伝ったこともあった。その際に民生委員から「大丈夫?困ったことはないか」と聞いてみたが、秋田さんからは困っていないといった返答であったので、普段はまじめに仕事にも通っているようであったし「何かあれば相談するんやで」と気に留めておく程度で、気にかけながら見守っていた矢先だった。
民生委員が本人と一緒に通帳で残高がないことも確認し、数ヶ月の地代支払いが遅れていることもわかり、このままでは家を出て行かなければならなくなるため、緊急性が高いと判断して老人福祉施設のCSW、社会貢献支援員に連絡を入れた。
CSWと社会貢献支援員はすぐに秋田さん宅を民生委員と一緒に訪問。困窮状態を確認し、課題を整理。まず、秋田さんは①地代を支払わなければ住まいを失ってしまうためその回避が最優先されること、②金銭管理が苦手でありサポートが必要であること、③幼少期から知的障がいの可能性があったが当時は両親がそれを認めずこれまで障がい福祉への相談が出来ていなかったこと、といったことについて優先順位をつけて問題解決にあたっていくこととした。そこで、すぐ翌日には社会福祉協議会へ行き、日常生活自立支援事業による金銭管理のサービス利用に向けて相談した。加えて、すぐに社会貢献基金の申請を行い、地代の支払いを経済的援助し、住まいの確保につとめた。これに並行して、行政の障がい福祉担当部署を訪問し、療育手帳の申請に関する相談を行い、将来的にはホームヘルパーの利用への道筋をたてた。さらに、相談のきっかけとなった秋田さんの職場をたずね、社長と面談し、社長が日頃から秋田さんを気にかけて面倒をよくみてくれていたことがわかり、今後のサポートについても相談し、協力を依頼した。こうした動きを初回面談から1週間ほどですべて行った。
その後、CSWや社会貢献支援員、民生委員、行政の福祉担当職員、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業担当者、キーパーソンの会社社長らでカンファレンスを開催し、お互いの役割分担を確認。日常生活自立支援事業による金銭管理支援に加えて、職場の社長が給料を手渡すに際して1日千円、1週間ごと袋に入れて渡すなどの工夫をして金銭管理のサポートを行い、これまで以上に生活面でもこまめに相談にのってもらうこととなった。部屋の片付けなど家事支援は、療育手帳取得後はホームヘルパーを利用することとし、生活が軌道にのるまではCSWや社会貢献支援員、民生委員が訪問、見守りを連携して行っていくこととなった。
秋田さんの家の中は、冷蔵庫も壊れて衣服なども散乱している状態であったため、民生委員から地元の自治会役員らにも相談を持ちかけたところ、冷蔵庫や衣装ケースを譲ってもらえることとなり、それらを早速支援した。その他にも地域で呼びかけたところ、電気ポットやトースター、レンジ、扇風機、洗濯機などの寄贈もあり、次第に生活環境が整っていった。「自分たちの地域の住民が困っているんだから、なんとか応援しよう」という地域での支援の輪が次第にひろがっていった。秋田さん宅の庭木の剪定を手伝おうか、といった近隣住民の申し出もあった。こうした中で、秋田さん自身にも少しずつ心持ちの変化があり、自分なりに室内の清掃、整理をしたり、「料理も覚えたい」といった言葉も聞かれるようになってきた。
その後、地主さんの事情もあって、いずれは家を引き払わざるを得ないことになった。そこで民生委員やCSW、社会貢献支援員は障がい福祉担当部署とも相談し、ケア付きの住宅等も検討、見学にも行ってもらったのだが、本人は「住み慣れたこの街で暮らしたい」という強い願いがあった。自治会役員らにも相談したところ、ちょうど手頃なハイツが現在住んでいる家からさほど離れていないところにあって、そこの家主さんに自治会役員から事情を説明してもらい、契約できる運びとなった。秋田さんは住み慣れた地域を離れることなく、元気に仕事を続けている。
世帯の状況/キーワード
【世帯の状況】
本人:30歳代/男性/知的障がい/ひとり暮らし
【キーワード】
住まいの確保/金銭管理/職場の理解/地域の支え
主な支援内容
□ 社会福祉協議会への日常生活自立支援事業に関する相談、つなぎ(金銭管理)
□ 障がい福祉部署への相談・調整(療育手帳取得→ヘルパー利用)
□ キーパーソンである社長との相談(金銭管理)
□ 当面の間の訪問、相談、見守り
□ カンファレンスの開催による役割分担
□ 経済的援助(食材支援、地代の支払い)